開店日のお知らせ
・7月27日(水)、7月28日(木)、7月31日(日)、8月4日(木)、8月7日(日)
※時間はすべて13-17時
※以降、週1〜2のペースで9月11日まで開店を予定しています.決定次第こちらにアップしていきます

メッセージ


タイトルも装丁も著者も内容もわからない、ナイショだらけの本屋さん“ときめき☆ブックス”へようこそ。気になるコメント、包装紙やリボンの色、そんな些細な手がかりから、どうぞお好きなものを手に取ってください。どれを選んでも中身はすべて、今、建築の第一線で活躍する方々が「最もときめいた一冊」が入っています。もしかしたら、あなたが憧れているあのひとかもしれないし、もしかしたら、あなたがまだ知らない誰かかもしれません。すべては、梱包を開くまで明かされない秘密。中身の本には、推薦人の名前とともに、手に取ったあなたへのメッセージが添えられています。自分の意思だけでは手に取ることすらなかった一冊を通じて、どんな扉が開くことでしょう。どれでも一律、1000円です。ぜひ、この偶然にして必然の、一冊との出会いを楽しんでください。

店主

本書店について

本企画「ときめき☆ブックス」は、2016年7月22日からプリズミックギャラリーで開催される「建築コンシェルジュ 坂山毅彦による「○○書店」」に、 mosakiが小さな屋台を出させていただくことになり、そこで、ひっそりこっそり、ちょっとステキな本との出会い方を提案しようと企画したものです。
 展覧会は7月22日から9月11日まで行われますが、「ときめき☆ブックス」の出店は週1を目途にオープンする予定です。また出店の際は、あの「建築カクテル」を振る舞わせていただく予定です。決定した開店日については、フェイスブックとホームページにてお知らせさせていただきます。
 
会場
住所:〒107-0062東京都港区南青山4-1-9秋元南青山ビル1階プリズミックギャラリー
アクセス:東京メトロ銀座線「外苑前」駅より徒歩5分

システム

STEP1
分野の最前線で活躍する方々に「最もときめいた本」の紹介と「メッセージ」を執筆していただく(1人につき、1〜3冊くらい)

STEP2
店主が書籍を購入し「メッセージ」をプリントアウト、書籍に同封してラッピング

STEP3
店先にはラッピングされたときめき本が並ぶ。見た目に分かるのは、大きさと「メッセージ」から抽出した一言だけ

 
 
STEP4
一律1000円で販売

STEP5
開封すると「メッセージ」とともに、紹介者の名前と連絡先が添えられている

STEP6
購入者は紹介者へ直接、感想などを伝えることができる

日記

2016/07/20


参加者の皆さんから、推薦いただく本のタイトルメッセージがどしどし届き始めました。書籍を購入し、メッセージと連絡先が記された手紙を合わせて、一つひとつ丁寧に包みました。包装紙には輸入物を使いました。

2016/07/20


包まれた本たち。分かるのは、各メッセージから抜き取った言葉と本の大きさだけです。

2016/07/26 


mosakiのパーソナル屋台と「ときめき☆ブックス」たちをギャラリーへ搬入し、無事オープンとなりました。

2016/07/27


早速、いろんなところから小さな小さな本屋にいろんな方々にご来店いただいています。写真の方は、栃木県から!中身がどんな本か、誰のときめき本なのかは、帰ってお家でリボンを解くまでのお楽しみ。

店主プロフィール



ひと文字から
都市までを
デザインする


 mosaki(モサキ)は「建築やデザインを社会へ開き、よりよい世界をつくっていく」をコンセプトに活動するクリエイティブ・ユニット。
 建築やまち、都市などの専門分野と一般の人々ととをつなぐことを探求し、主に社会貢献型のプロジェクトやイベント・メディアづくり、さまざまなコーディネートやキュレーションなどを行う。メンバーは、田中元子(建築コミュニケーター/ライター)と大西正紀(編集者/クリエイティブディレクター)。


田中元子(たなか・もとこ)twitter facebook 
大西正紀(おおにし・まさき)twitter facebook note

 近年は、紙の上や画面の中にとどまらず、ダイレクトにまちや都市、パブリックスペースや市民と直接関わるプロジェクトに重点をシフトさせている。2010年より「けんちく体操」を広める建築啓蒙活動を開始。同活動は、2013年に日本建築学会教育賞(教育貢献)受賞。2012年のドイツ・バウハウス大学、2014年の南アフリカ・ダーバンでの開催など、世界を照準に活動を広げる。2014年、毎号2万字インタビューを3万部印刷し、全国の建築系教育機関等へ無料配布する建築タブロイドマガジン『awesome!』を創刊。同年、トランスアーツトーキョー2014の一環として、都会のど真ん中に3日間だけのキャンプ場を出現させる「Urban Camp Tokyo」を企画・運営(協同)。新しいアーバニズムや観光の可能性を持った「Urban Camp」の各地への展開も計画中。
 2015年より「パーソナル屋台」プロジェクト開始。個人が屋台を持ちフリーで振る舞う可能性を模索しながら、各地でのワークショップを開始。2016年より「グランドレベル」の活動を開始。“1階づくりはまちづくり”をモットーにした会社を9月に設立予定。2016年7月からは、建築倉庫ミュージアムアドバイザーに就任。

LINK:mosaki

店主田中のコラム
 
1/8 本は饒舌過ぎる
 
 大きさ、厚み、装丁から、著者名、帯のキャッチコピーに至るまで、最近の本は、出会った瞬間に「それが何物であるか」ということがわかる情報が、あまりに多すぎると思っていました。しかし、本だって「モノ」です。誰がどんなことを書いているか、という情報で判断するほかに、かわいいとかカッコいいとか、これ何だろう?とか、直感的に自分の手で触れてみたくなるような「モノ」としての価値判断に訴えるような。本のほうからひとに対して、そんな近づき方の可能性が、まだ眠っているような気がしました。
 一旦、本を黙らせてみたいと思いました。視覚情報のほとんどを包み隠して、四角い「何か」にさせてみる。そのうえで、ただの四角ではなく「モノ」として、見てこころが沸き立つような、そんな存在にさせるには…私に思い浮かんだのは、ベタなプレゼントの姿でした。すてきな包装紙に包まれて、リボンがかかっていること。それが山積みになっていること。映画か何かでワクワクする印象をつくられた、プレゼントの山を作ってみたくなりました。それは、文字情報で何物かを推察できてしまう、通常の本との出会い方とは真逆の、何物か全くわからないけれど、なんだかいい感じ、という前向きで直感的な出会い方をするにピッタリの光景になると思ったのです。リボンを解く、という瞬間を提供することそのものが、プレゼントの本質だとも思いました。


2/8 ナイショの体験を販売したい
 
 どんなものか、どんなことか、すぐにわかってしまう、ということは、本だけではなく、情報社会である現代の私たちをとりまく、あらゆるものに言えることだと思います。現実の世界にあるものに対して、憧れや想像をしなくてもよくなりました。やろうと思えば、インターネットでいくらでも現実を暴露されているし、私たちはそれを「シェア」と呼んで歓迎し、知ること、知らせることは、よいことだと思い込んでいます。でも一概にそうだと言えるのでしょうか。
 「ときめき☆ブックス」は敢えて、関わる人間にしか知り得ることのない「ナイショ」を散りばめることにしました。まず、誰がどんな本を選んだか、ということについては、非公開にすること。そうすることによって、選者は誰かに見られるのならこうしておこう、という気構えを外して、より素直な気持ちで選んでくださったのではないかと思います。
 本はひとつひとつ包まれてしまうので、どれがどの本か、という全貌は、私しか知りません。本だけではありません。包みの中には、本とともに、選者からのメッセージと連絡先が記されています。これも、買った人だけが読めるコンテンツです。


3/8 メッセージをプリントアウトする
 
 憧れのひとたちからのセレクトブックが集まった「ときめき☆ブックス」。セレクトに際して、単に本のタイトルを教えてもらうだけでなく、セレクトにあたってのメッセージもつけてもらいました。プリントして、本と一緒に梱包してあります。セレクトしたひとのメッセージが手書きだったら、そりゃうれしいと思います。でも、手軽にはできません。そもそも、直筆とか、サインとか、コミュニケーションってそういう即物的なものだけでしょうか。それよりも、どんな声をかけられたか、どんなお話しを聞けたか、あるいはどんなことを伝えられたか、といった交流にこそ、コミュニケーションの醍醐味があると私は思っています。そこで、メッセージには、公開可能な連絡先も書かせてもらいました。自分がときめいた本が誰かの手に渡って、その誰かが、もしかしたら感想を送ってよこすかも知れません。そしてその返事が来るかも知れません。
 また、選者の皆さんには、本が売れたときにポストカードを送る約束をしています。初回はフィーを払うことができないので、せめて一手間かけて、感謝の気持ちをお送りしたかったのです。


4/8 ときめきってなんだろう
 
 本の外側の視覚情報を見えなくしてしまい、そのかわりに、全く違う出会い方のできる姿になるよう上書きする。このアイデアと同時に、中身の本は、誰かから推薦してもらおう、というところまでは決まっていました。しかし構想当初、ときめきという言葉はなく、「いろんなひとに、一番感動した本を選んでもらおう」と思っていました。しかし感動という言葉が重苦しく、何か同質でありながら、もっと軽やかで、コミュニケーションの中に使いやすい、いい言葉はないかと考えました。そこで探し当てた言葉が「ときめき」でした。
  感動よりも軽やかだけど、感動よりも密やかで、その密やかさゆえに、ときめきとは何かということを、あまり共有できていない。そこが面白い言葉だと思いました。そのひとなりの捉え方があるということはきっと、そのひとなりのときめき観やときめき体験がある。それは、感動よりも白黒がハッキリしていなくて、つまりそのぶん、自由な言葉、自由な感覚だと思いました。本をセレクトするひとびとの、それぞれのときめきによるセレクト。それを包んで山積みにしたら。何かはわからないけれど、誰かのときめきだけが置かれている、ということだけは確かな状態になります。
 
 
5/8 一律1000円のわけ
 
 書籍の平均価格がいくらか知りませんが、ワンコインで終われることを目指しました。結局コインではなくなってしまったけれど、一冊1000円というのは、買う側にとっても、なかなか小気味よく、買いやすい数字ではないかと思いました。
 また、私はかねがね、おかねの使い方に興味がありました。量が多ければ、かたちが大きければ、そのぶん払うお金は比例的に高くなる、といった「相対的な使い方」ばかりである以上、つまり「対価」でしかない以上、逆の言い方をすれば、持っているお金の量が多ければ多いほどいい、ということを全肯定することと、同義だと思うのです。
 もっと絶対的な使い方はないだろうか。たとえひとから見て石ころでも、自分には100万円の価値があるから払う、といったような。そのことを「ときめき☆ブックス」の企画でも、考えました。
 包みの中は古本です。100円で仕入れることもあれば、売値の1000円を超えることもあります。しかしすべて必ず、誰かがこころをときめかせた、かけがえのない本です。それを売るとき「かけがえのなさ」は、相対的ではなく絶対的です。だから仕入れ値に関係なく、売値を固定して「絶対的」な値段にしました。どんなに感謝しても「ありがとう」の五文字であるように、どんな本であっても、1000円であるということ。つまり「対価」ではなく、挨拶や感謝の言葉のような、一種の「記号」として、おかねを使ってもらうことは、できないだろうか。「ときめき☆ブックス」では、そんな実験もしたいと思ったのでした。


6/8 古本がすてきになるために
 
 コミュニティセンターに要らない本を持ち寄って、図書コーナーを作る。一見よいことのように聞こえますが、私はこの方法は嫌いです。誰かにとって要らないものは、そのままでは「要らないもののオーラ」を放ったままです。そんな要らないものの集積場が、素敵な図書コーナーになるでしょうか。
 要らないものが、誰かにとって要るものになるためには、手間をかけなくてはならない。かけるから、ゴミではなくなるのです。「ときめき☆ブックス」で包装することにこだわったわけは、単に中身を見えなくするためだけでなく、誰かの不要本を、贈り物のレベルに値するものへとブラッシュアップするためでもあります。ひとが手に取るまでのプロセスやタイミング、手に取るときの環境。本自体が新しいかどうか、何か役に立つことが書いてあるかどうか、ということだけではない、さまざまな要素が、誰かにとってはすでに価値を失った古本というものを、かけがえのない一冊にするちからがあると思います。
 

7/8 どこにでもインストールできる
 
 「ときめき☆ブックス」は、どこにでもインストールできるプログラムです。誰かひとりがとりまとめ役になって、選者を決め、メッセージとともに本を包むだけです。私は建築でやってみましたが、これが音楽であっても、アートであっても、本屋さんにだって、できることでしょう。学校の中で、先生と生徒や、生徒同士でやってみても楽しいと思います。同じまちのひとどうしでやってみても、楽しいと思います。誰だってひそやかに、しかし確実に、ときめいています。それを自分だけが知ること、そして、この本を介した出会いをきっかけに、ときめき本をセレクトしたひとにコンタクトがとれる、という選択肢があることで、コミュニケーションの可能性は無限に広がっていくと思うのです。
 
 
8/8 そっとこっそり、やれること
 
 誰かがときめいた本を一覧表にするとか、誰がどれを選んだか公表してしまうのでは、全く価値が違ってきます。手に取ったひとにしかわからないことがある、ということが大事なのです。知りたい、と思わせる間もないうちから公表してしまうことは、ひとのときめきの無駄遣いになってしまうと思います。それに、誰かにこっそり知らせられることと、人前に発表することでは、内容も言葉の選び方も、変わってくると思いませんか。私は普段、発表の機会が多い立場の方々に、こっそりお話しできること、そのスタンスだからこそ生まれ得る言葉を、手に取ったひとだけに伝えて欲しいと思ったのです。
 現代には、あっという間に一から十までわかってしまうようなことが多すぎます。もどかしく焦らされるという贅沢が、遠くなってしまっています。私は、わからないこと、自分で操作できないこと、未知であること、予測不可能なことが、とても贅沢な体験だと思っています。それは、ただ隠すだけではなく、緻密に設計することで、少しは実現可能なんじゃないかと思うのです。